学展
西田 信一氏

創設者 西田 信一氏

歴代会長

初代会長 安井 曾太郎
二代会長 須田 国太郎
三代会長 寺内 萬治朗
四代会長 富永 惣一郎
五代会長 西田 信一
六代会長 西田 信義

学生の美術振興を目的に

日本学生油絵会は、学生油絵の振興、作品の保存、学生絵画の国際交歓、文化の向上に寄与することを目的に、初代会長 安井 曾太郎氏、創設者 西田 信一氏、猪熊 弦一郎氏、林 武氏、脇田 和氏、鍋井 克之氏、寺内 萬治朗氏、須田 国太郎氏の8人で1950年10月に設立された。

美術協議のグラウンドとして知られるこの「学展」は、「全日本学生油絵コン クール」として、1950年日本最初の学生油絵コンクール展を共同主催者 毎日新聞社とともに東京を始め国内諸都市で開催。今日、美術界は勿論のこと、教育会、学生、一般からも学生美術の祭典として圧倒的な支持を受けている。

以後、毎年欠かさず「学展」展覧会は開催され、1960年にはアメリカにおいても開催され、国際的版画家・映画監督の池田満寿夫氏をはじめ、多くの才能あふれる入選者らの美術界への登龍門としてしられるようになった。本会「学展」のシンボルマークは、絵具パレットを持ち絵筆の羽で羽ばたく勇敢な鷲を象徴している。

今日の学生たちの油絵

1977年
国立国際美術館(大阪・万国博)の常設会場に「今日の学生たちの油絵」として学展作品が陳列されました。当時の皇太子殿下夫妻(現在の天皇陛下ご夫妻)が6月1日に来場され、作品に大変興味を示されました。

学展の第2回審査風景

第2回審査風景
左前列より久保貞次郎、田近憲三、猪熊弦一郎、林武、寺内萬次朗、安井曾太郎、倉田三郎審査員

1950年
毎日新聞社と日本学生油絵会共同主催による「全日本学生油絵コンクール」を創設。第1回展を日本橋・三越本展にて開催。第1回展アトリエ賞の中に、ベネチアピエンナーレの版画大賞をはじめ数々の賞をとり、国際的版画家として地位を確立し、さらに作家として小説「エーゲ海に捧ぐ」で芥川賞を受賞。また映画監督として活躍された池田満寿夫氏の油絵「橋のある風景」15号の作品が選ばれました。

1960年
米国サンフランシスコの「M H DE Young Memorial Museum (Santa Barbara, california, Santa Barbara Museum Of Art)」からの招待により、第10回展の中から選ばれた、小学部油絵56点が展示されました。この展示会は、新聞、テレビで報道され、一か月の会期に75000人の入場者が来られました。また教育者、芸術家たちの絶賛を受けます。この展示会の精神は、頼もしく心を暖める感じがあって若い画家達に愛情を起こさせ、大勢の先生や学校の子供達がこの展覧会に来て刺激されました。

【作品買い上げ制度の実施】
コンクール優秀作品の永久保存をはかる為、買い上げ制度を実施する。
同年、川口軌外先生と東京芸術大学教授である山口薫先生を審査員にお迎えする。

1968年
日本美術家連盟理事長 村井正誠先生を審査員に迎える。

1969年
東京国立近代美術館次長 本間正義先生を審査員にお迎えする。

1977年
国立国際美術館(大阪・万国博)の常設会場に小学部作品が特別陳列されました。これまで子供の絵が国立美術館に並ばれるのは異例な事。当時の皇太子殿下夫妻(現在の天皇陛下ご夫妻)が6月1日に来場され、作品に大変興味を示されました。

1978年
第28回展から立体(彫刻)部門を新設。堀内正和先生を審査員にお迎えする。

1983年
第33回展からデザイン部門を新設、審査員に早川良雄先生をお迎えする。